冠婚葬祭は“心から”でなければ意味がない

ceremonial functions

婚活とは若干話しが逸れますが、「作法」を見ていく上では重要なウエイトを占める「冠婚葬祭」での身の振り方や、思考について確認しておきたいと思います。

 

冠婚葬祭とひと口に言っても、「嬉しいもの」、「悲しいもの」と、対極に位置するものが一括して表現されています。しかし、共に言える事は、参加する人にあっては「心から参列する」のが肝心だということに尽きます。

 

いわば、自分の本心が「心から参列したい」ものでなければ、そうした場面に参加することは失礼以外の何ものでもないということ。しかしそうでないケースが、残念ながら日本では多々見られるのです。海外を見渡しても、体裁を繕うために冠婚葬祭に参列する人などはあまりいません。どの国も、どの人種も、「心から行動を興している」のが当たり前なのです。

 

こうして見ると、日本だからこその“残念なビジネス”が成立していることが分かります。結婚式や葬式に、アカの他人にお金を払って参列させるビジネスがそれです。普通に考えれば有り得ないサービスのようですが、実はこれのニーズが年々上昇しているというから驚きなのです。「人生の節目の時に見届けてくれる人が少ないのでは当人が寂しいではないか」という意見が主流のようですが、つまりこれは根本的に、日本の冠婚葬祭への意識が本来あるべきものとはズレていることを如実に物語っている一例と言えます。

 

もちろん、こうした人ばかりではありませんが、年々ニーズが増えているという道徳的観念からすると、あまり喜ばしい状況ではないということは把握しておくべきでしょう。

 

 

“宗教”や“儀式”に縛られない暮らしの反動

では、なぜこうした事態に陥ってしまったのか。海外を見渡しても、これほど冠婚葬祭への意識が薄い国は少ないはずです。ひと口に、“宗教”や“儀式”への認識が甘いということが挙げられるでしょうが、決してそれがマイナス要因ばかりを生んでいるわけでもないのです。宗教や儀式に固執しない生活を送ってきたからこそ、今の裕福で住みやすい日本があるわけですから、全体感で見ればプラス面の方が多いとも言えます。

 

冠婚葬祭を有意義なものにするには、「参列する本人たちの心の持ち方」以外に手立てはありません。言ってしまえば、結婚式に呼ばれてもさほど「おめでとう!」という気持ちにならない人や、葬式で「込みあげてくる気持ちがまったくない」人などは、世間体や付き合いなどを気にすることなく、その場に参列すべきではないのです。

 

日本人のこれまでの価値観では、「宗教」「儀式」に関して、さほど大きなウエイトは置いてこなかった現状があります。繰り返しますが、今の国内の状況を見れば分かるように、これは決して悪いことではありません。が、かといって冠婚葬祭に他人を呼ぶようでは本末転倒ですから、もし参列するのであれば、当人が「心から」参加するという気持ちが重要なのです。

 

今までないがしろにしてきた悪しき慣習はそろそろ払拭するべきです。冠婚葬祭の“残念なビジネス”が成り立つ状況は好ましいものではないという自覚を、これからの時代を担う私たちがしっかりと持つことです。

 

 

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