かつて結婚は、身分が一緒でないと出来ないものだった

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結婚というのは、個人個人で完結するものではありません。それは昔から現在に至るまで、お互いの親族間に組み込まれることだという点に変わりありません。

 

今でこそ、この両家の親族間の結びつきは和らいできていますが、かつての日本、いや、海外においても、結婚することは「家」と「家」同士による強い結び付きが不可欠だと捉えられていました。その為、日本では、身分の違うふたりが結婚するなどは言語道断。「家」の恥にすらなってしまいますから、同じ身分の相手との結婚のみ許されました。

 

その為、身分を越えて結婚するには、2つの手段しかありません。例えば、武士と商人の娘が一緒になるためには、「身分」を同一にする他ないのです。

 

・商人の娘を、相手である武士の養女にして武士階級へ移行させる。そして結婚。

・武士が今までの武士階級の身分を捨て商人へ。商人として再出発の人生を送る。

 

武士と商人の娘が結婚するためには、上記の方法しかありません。しかし、いずれも当時は困難を要するもので、その辛苦は想像を絶するものでした。ですから、「武士を養女にする」ことに関して、わざわざそんなことをしないでも、同じ階級の女性を探し結婚する方が遥かに楽で、またその後も回りの雑音が入らず幸せになれました。

 

というよりも、昔は自分で見付けること自体がなく、回りが勝手に決めるものでしたからこういったケースは本当にごく稀なものと言えます。

 

 

身分を越えた結婚は非現実的

「武士が商人へなる」場合ですが、これも具体性はかなり薄いです。そもそも手に職を持っているわけではない武士がいきなり商人になると言っても、生計を立てるのは至難の業。何よりもプライドが許しません。愛の力といえど、身分を越えた結婚というのは本当に難しいものだったのです。

 

ですから、こうした時代背景もあって、かの有名な近松門左衛門が名を馳せたのです。決してかなうことのない恋愛、そして結婚というテーマを扱い、男女が身分を越えた愛の最後を心中で結ぶというショッキングな内容が、当時の人々の胸に思いっきり刺さったわけですね。非現実的な話だからこそ、人々はその物語に魅了されたのです。

 

このように、昔は恋愛、結婚というのは自由なものではありませんでした。当時は身分が一緒の者同士がするものであり、結婚は自らの意思ではなく言い方は悪いですが、あてがわれるものだったのです。お互い、自分の意思で思い通りに結婚できるようになったのは近代日本になってからですから、長い歴史を俯瞰してみるとまだまだ最近の話なのです。

 

 

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